【退職エントリ】新潟在住の組み込みエンジニアが転職を考えたキッカケ、転職活動、退職した会社への感謝

本画像は新潟駅南の写真であり、著作権およびその他の権利はtownphoto.net様が保有しています。

    

前書き

2015年4月から2021年12月まで勤めていた会社を退職しました。

退職間近では、私は組み込みソフト開発およびGUIコンソール開発を担当するプロジェクトリーダーでした。多くの方に期待されている事を理解していましたが、様々な要因が積み重なった結果として退職を選択しました。

在職中は、関係会社の方々含め、多くの人達に支えられながら業務を遂行できました。対面でもお礼を述べましたが、この場でも改めてお礼申し上げます(……やべっ、新人時代の課長に挨拶するの忘れてた)

      

退職を考えたキッカケ

退職を考えたキッカケは、大別して3点ありました。

退職検討理由
  1. ソフトウェアエンジニアとして成長が見込めない環境
  2. Android開発者のnkzn氏(新潟在住)がフルリモート可能な会社に転職
  3. 開発チーム内で複数の問題が発生 

1.に関しては、私が歩んできた経歴が特殊であり、非常にニッチな業界のソフトを作り続けてきました。その結果として、汎用的なソフトウェアスキルを身につけられなかったコンプレックスがありました。私は技術的に優れたエンジニアに憧れ、David Cutler(Windows NTの開発者)John D. Carmack(FPSの生みの親)Linus Torvalds(Linux/gitの開発者)のような方々が好きでした。しかし、現職(退職した会社)では汎用的なスキルを身につけられず、このままでは優秀なエンジニアになれないと常日頃から考えていました(付け加えると、周りの人のスキルも低めで、技術的な刺激が無かった)

 

2.に関しては、新潟でしか働く気がない私にとっては、朗報でした。新潟では、労働条件の良い就職先は選択肢が限られています。しかし、nkzn氏が、新潟に居ながら東京の会社で働く選択肢を提示してくださったのです。nkzn氏の記事を読んだ時、私の中で転職は現実解に変わりました(読む前の現実解は、異動)。ちなみに、nkzn氏とは面識ありません(Twitterを拝見する限り、ご近所さんな気はしますが……)

 

3.に関しては、詳細を書きません。最後のチームで4年弱の間、様々な課題を解決しようと奮闘しましたが、最終的には開発現場でよくある(?)問題が同時多発的に発生して、ストレス閾値を超えてしまいました。閾値を超えた瞬間、複数の不満を抱えていた私が「あっ、転職しよ」と決断した次第です。一言補足すると、対人関係は最も良好な現場でした。

              

転職活動:譲れない点と保有スキル

ここからは、地方在住エンジニア向けに転職情報を共有します。まずは、前提情報として私の考え方やスキルを以下に列挙します。

私が転職活動で大事にした点
  • 新潟で働ける事(最重要
  • 業務内容(学べる内容)に将来性や興味を感じられる事(重要
  • 給与(年収510〜590万)が維持できる事(妥協しても良い

勤務地は最も意識しました。現職(退職した会社)は出向や関東圏への異動があり、その頻度も高かったです。出向は楽しかった記憶が多いのですが、その一方でデメリットもありました。家庭を持った事を踏まえて、今回の転職活動では新潟で過ごせる職場を探しました。

年収に関しては、新潟だと同水準が厳しい認識を持っていました。残業ブースト(年間残業400h〜650h)が入っている事と、未経験のレイヤーに挑戦する可能性があったため、年収の減少も視野に入れていました。

            

転職活動時点での保有スキル(当時31歳、院卒)
  • 資格:応用情報、LPIC Level2、TOEIC720点、運転免許
  • 言語:C/C++、Java、Bash、Vala、Python、Perl、Ruby、Golang
  • DB:PostgreSQL
  • 経験:2〜3名規模のプロジェクトリーダー(同時に複数のプロジェクト兼務)

転職活動で職務経歴書を作る訳ですが、自身のスキルに関しては「資格も微妙だし、GitHubにポートフォリオもなくて大丈夫かな…」と不安を感じました。最終的にはそこまで問題にならず(書類落ちもなく)、ホッとしました。

転職活動は自分のスキルを棚卸しして、自分の現状を再認識する良い機会だと思います。会社内で「優秀だ」と言われても狭い世界での話ですし、世間様と比較するの大事。

         

転職活動:リクルートサイトについて

リクルートサイトは、dodaforkwell jobsを利用しました。

forkwell jobsは、私に合いませんでした。理由は2点あり、1)私が組み込みエンジニアである事(forkwell jobsがWeb系/モバイルアプリエンジニア向けである事)、2)新潟でできる仕事がない事、がネックでした。

dodaは、転職活動の最初から最後まで利用しました。ただ、新潟の仕事も少なく、現職と同じ業種(=開発したソフトを卸している業界)からしかオファーは来ませんでした。リクルーターの方は転職先との給与交渉などを担当してくださりましたが、最終的に自分で転職先と給与交渉しました。そのため、「リクルーター、要らないのでは……」と感じたのも事実です。

       

転職活動:応募、選考、内定

私は転職活動で2社応募し、1社目が選考途中で辞退、2社目が内定。期間は7〜9月。

1社目は、wolfSSL Japan合同会社に応募しました。従業員数が30人程度の外資系企業で、日本人は数名です。「フルリモートでSSL/TLSライブラリ(OSS)を開発できる魅力」や「curlコマンド開発者が在籍」、「給与レンジが480〜1200万と広い事」に興味を持ちました。

wolfSSLの採用選考は長く、最大8回の面談が必要でした。序盤は日本人と面談でしたが、3回目から海外エンジニアと面談。残業80hしている中で、コード提供を求められたり、設計に対する質問がメールで飛んできたりとそこそこ大変でした。ちなみに、私が提出したプログラムはC言語ソースコードからコメントを削除する内容で、数百[LOC]の小さいC言語プログラムでした(一日で書いた)。

「給料がいくら貰えたらハッピーか」と確認していただけたり、内定を頂けそうな雰囲気を感じていましたが、5次面談でゴメンナサイをしました。その理由は、「プロダクトロードマップが不透明である事」、「私の英語力と海外エンジニアの発言を踏まえると、海外エンジニアと建設的に議論できなさそうな事」、「年齢層が高め」、「C言語しか書けなそうな事」です。

最後の理由(「C言語しか書けなそうな事」)は、自己分析の不足が原因なので、wolfSSLの採用担当者には本当に申し訳ないと感じております。ふと、「RustやGolangでもなく、C言語か……30年間C言語か……」と考えてしまい、冷静になってしまいました。

 

2社目は、F社(入社前なので今は伏せ字)です。私が就職活動していた頃(2013〜2014年)に、新潟には存在しなかった会社です。nkzn氏の転職エントリを読む前から急成長中の会社として気になっており、「この会社にバックエンドで入社できると良いな」と考えながら、2020年頃にRuby on RailsやGolangを勉強していました。

採用選考は、書類提出から面談2回(オファー面談含めて3回)で、基本的には和やかな感じで終わった印象です。最初の面談の終盤で「優秀ですよね?」と確認されて、「これは勝ち確だ!」と調子に乗った記憶があります(勝ちました)。

最終面談(社長)が印象深く、ベンチャーなので社長が同世代(年齢が2~3個上?)であり、同世代にはない独特の雰囲気を感じました。社長がジッと相手の見つめる方でしたので、私は「スティーブ・ジョブズと同じやつねハイハイ」とか「目を逸らすな。逸したら負けだ。試されているぞ今」とか考えながら会話していました。

が、途中で辛くなって「目線を反らしませんね」と、社長に質問してしまいました。事実上の敗北宣言です。悔しい。最終面接に関する残りの記憶は、社長に「楽しそうに仕事しそう」と評していただけた事、私が現職(当時)の愚痴を言い過ぎて最終面談の空気が一瞬死んだ事ですかね。帰宅後に喋りすぎたと後悔しましたが、内定いただけたのでセーフ。

オファー面談は、労働条件を交渉する場であり、転職経験のない私は「そんなものやるんだ」ぐらいのノリでした。私は自分の意見をガンガン主張するタイプなので、人事の方を相当困らせたと思います。この裏で、現職(当時)に「辞めるかもー」と宣言して、現職(当時)内で色んな面談を実施しました。

          

最後に

色々すれ違いがあり、最終的に退職を選択しました。

しかし、2015年から2021年までの約6年半まで勤めた会社は、今でも良い会社だと思っています。「ソフト開発スキルの基礎」と「ヒューマンスキル」を培う事ができ、一社会人として生き抜けるレベルまで育てていただきました。

また、厳しい現場を共に乗り越えようとした開発メンバには、感謝の気持しかありません。

繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。

            

               

おすすめ

4件のフィードバック

  1. 2021年11月17日

    […] 転職した関係で、大学時代から10年近く触り続けていたC言語とお別れします。そのため、最後にポエム記事を書きました。 […]

  2. 2021年11月23日

    […] 2021年12月に新卒入社した会社を退職しました。 […]

  3. 2021年11月28日

    […] 開発のキッカケは、Golangを学習するためです。前職を退職して、新しい会社では開発経験のないGolangがメイン言語となりました。即戦力となれるよう、私は勉強のためにCLIツールや独自シェルを作り始めましたが、「全部混ぜて開発すればプロジェクト数が増えず、管理が楽では?それなら、BusyBoxを真似するか」という考えに至りました。 […]

  4. 2022年6月4日

    […] 転職経緯の詳細版は、別記事に書いています。 […]